Kyoto tsu
京都通
- 2010/10/16
第200回 源光庵『禅の心を表す二つの窓から見えてくるもの』
ここは復古禅林とも呼ばれているんどす
江戸時代初期の芸術家・本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)が草庵を結び、学問や芸術が大いに栄えた京都・鷹ヶ峰(たかがみね)。
さらに時をさかのぼると、この界隈は皇室の猟遊地だったといいます。
今回ご紹介するお寺は、今なお手つかずの自然が残るこの鷹ヶ峰にあり、ひっそりとした静けさを感じることができます。
まさに、瞑想するにはぴったりの場所といえるでしょう。
山門に続くひし形の石畳を進むと、参道の両側から背の高いススキが出迎えてくれます。
そして山門の上部分に目をやると、そこにはまん丸の窓がふたつ。
まるで空に浮かび上がる満月のように見えてきます。
掲げられた看板には「復古禅林」(ふっこぜんりん)の四文字が刻まれています。
この言葉を読み解くには、お寺の由縁に触れる必要があります。
ここは貞和2(1346)年、臨済宗大徳寺の二代目・徹翁義亨(てっとうぎこう)国師が隠居所として開創しました。
その後、永い年月を経て、元禄7年(1694)石川県金沢市大乗寺27代目の卍山道白(まんざんどうはく)禅師により曹洞宗に改められました。
曹洞宗の開祖である道元禅師の教えが当時乱れていたことを嘆かれ、宗風を元の状態に戻そうと、卍山道白禅師が宗統復古に邁進。
雨の日も風の日も毎日奉行所へ通い詰め、江戸幕府に嘆願しました。
その結果、宮家や徳川家から財法ともに支援を受けられるようになり、ようやく元の姿に復古したのです。
復古までにかかった年月は、実に42年。
以来、このお寺は「復古禅林」と呼ばれるようになったのです。
卍山道白禅師は自らを復古道人と名乗り、晩年の20年間をここで過ごしました。
また、本堂の天井には伏見桃山城の遺構を移した「血天井」があります。
京都の五カ所のお寺にある血天井の中でも、こちらの血天井の血痕は非常に鮮明で、足や手の形がはっきりと見てとれます。
安置されている霊芝観世音(れいしかんぜおん)は、道白禅師が京都の宇治田原の山中にて御感得された、霊芝自然の観音像です。
第111代後西天皇が宮中で供養されたことから、開運霊芝観世音として世に広く信仰されました(非公開)。
二つの窓に、自分の姿を映しておくれやす
本堂には禅の境地を表す窓がふたつ、左右に隣り合っています。
まず向かって右に位置するのは四角く切りとられた「迷いの窓」。
これは人間の生涯における四苦八苦、煩悩におぼれた姿を表しています。
角の部分は「苦」を表しており、下窓の四つ角は「生老病死」を、そして上窓の四つ角は、「求不得苦(ぐふとっく)」、「愛別離苦(あいべつりく)」、「怨憎会苦(おんぞうえく)」、「五陰盛苦(ごおんじょうく)」を表しています。
それぞれ、「求めても手に入らない苦しさ」、「愛するものと別れ離れになる苦しさ」、「憎しみ合う者同士が会う苦しさ」、そして「人間の生活を取り囲む精神的または物質的なものが自分に関わってくる苦しみ」といわれています。
一方、左にあるのが円形に切りとられた「悟りの窓」。
こちらは円通や広大無辺な大宇宙、とらわれのない目覚めた姿など、禅における悟りの境地を表しています。
そのふたつの窓の前に座り、素直な心を窓に映して、自問自答をしてみてください。
宇宙は果てしなく無限で、その広大な宇宙から見れば、自分はちっぽけな存在でしかないんだと、大らかな気持ちになってくるでしょう。
そして「自然の中に生かされている」 そう感じることが自分を知る第一歩なのかもしれません。
もっと禅の世界に触れてみたいという方は、毎月第一日曜(実施しない月もあり)の早朝に行われている坐禅会に参加し、坐禅を体験してみてはいかがでしょう。
これまで40年以上もの間続いていて、毎回、遠方から来られる方もいらっしゃるそう。
朝早くから行われる坐禅会に参加するには、当然ながら早く就寝するなど、前日からの準備が必要になってきます。
その心構えこそが、禅の精神性につながっているのです。
坐禅会では住職のありがたいお話を聞いた後に、お茶とお茶菓子をいただきます。
朝の澄んだ空気の中では、より一層気持ちも研ぎ澄まされ、お茶も普段とは違う味わいを感じられるかもしれません。
お庭に咲き誇る花々や紅葉が鮮やかどすえ
本堂裏手には、禅の心を表すとされる枯山水庭園があり、「鶴亀の庭」と呼ばれています。
向こうに広がる北山を借景に取り入れたこのお庭は、どこまでも奥行きを感じる工夫がされています。
赤や白の萩、ほととぎす、紫苑(しおん)に紅葉など、いく種類もの木々や花々が咲き誇り、四季を通じて参拝者を楽しませてくれます。
さきほどの四角い「迷いの窓」、円形の「悟りの窓」から見るこのお庭は、同じ風景とはいえ、それぞれに様相が異なります。
さらに秋ともなると、窓からの紅葉の眺めはひときわ格別。
それらの窓は額縁の役割を果たし、そこに色鮮やかな絵画を浮かび上がらせるのです。
この景色を前にすれば、いつまでもその場から離れたくないと思うのも当然のこと。
四季を通じて、多くの人が窓の前に座り、物想いにふけっている姿が見られます。
ここは京都の北にあることから、街中よりも寒さが厳しく、その分紅葉も早く色付きます。
その色は、目の覚めるような深くて鮮やかな紅色。
紅葉の名所として広く知られているので、11月中旬から12月初旬にかけては、こちらのお寺をはじめ鷹ヶ峰界隈は、全国から訪れるたくさんの観光客でにぎわいます。
本堂裏の西の谷には「稚児井(ちごい)」と呼ばれる古い井戸があります。
伝説によると、約660年前、このあたりで水飢饉が起こり、民衆は途方に暮れておりました。
そのとき、徹翁国師の枕元に、池に棲む龍が子供の姿をして現れ、この井戸のことを教えてくれたのです。
多くの人々を水飢饉から救ったこの井戸は、以降、水が枯れたことがないそうです。
最後に、禅宗のお寺ということで、禅の文化が顕著に現れている「お茶」の世界に関する話をひとつ。
「喫茶去(きっさこ)」という言葉、これはもともと禅の言葉で、「素直な気持ちで、黙ってお茶でも飲みなさい」という意味。
知人の顔を見れば、「ちょっと家にあがって、お茶でも飲んでいきませんか」と声をかけてしまう日本人は、つねに禅の心を持ち合わせているのかもしれませんね。
取材協力 : 源光庵
〒603-8468 京都市北区鷹峰北鷹峰町47
電話番号 : (075)492-1858