Kyoto tsu
京都通
- 2010/11/20
第205回 鞍馬寺『心と身体を癒してくれる大自然の宝庫』
大自然のパワーと祈りが出会う場所どす
鞍馬山は標高569メートル。
古くは「暗部山(くらぶやま)」と呼ばれていたそうで、今なお杉や桧の巨木が鬱蒼(うっそう)とした森を形づくっています。
この山が信仰の地となってから1000年以上もの間、人の手が加えられていない森林は原始的な景観を見せ、シカやイノシシなど野生動物がたくさん棲んでいます。
平安時代から春は雲珠桜(うずざくら※)、秋は紅葉の名所として有名で、森林浴などを目的に訪れる人も多くいます。
またパワースポットブームの影響か、本殿金堂前にある金剛床(こんごうしょう)と呼ばれる広い石畳の中央の星形の上に立ち、熱心に祈りを捧げる老若男女の姿が増えてきました。
山中なのに休日には順番を待つ行列ができるほど。
心の平安を求める人々が、見えない世界に触れるきっかけを求めてやって来るのでしょうか。
鞍馬寺の境内は鞍馬山全体に広がっていますが、その結界(けっかい : 俗世と聖域の境目)となっているのが仁王門。
仁王門から山上へは九十九折参道(つづらおりさんどう)と呼ばれる坂道が続いています。
この道は清少納言が『枕草子』で「近うて遠きもの」として「くらまの九十九折といふ道」と書いているほど、たいへんな坂道です。
現在は山門駅からケーブルカーを利用して、わずか2分で多宝塔駅に到着できるようになりました。
ただしケーブルを降りてからも155段の石段と坂道を登らなければ、本殿にはたどり着けませんけれど。
※雲珠桜 : 鞍馬山の木々に混じって咲く桜の様子が、鞍の飾金具の模様に似ていることからこう呼ばれている。特定の木や品種を指すものではない。
不思議な伝説がいろいろ残ってるんどすえ
鞍馬寺は鑑禎(がんちょう)上人が、この地に毘沙門天を安置したのが始まりとされています。
鑑禎上人は唐招提寺の開祖・鑑真和上(がんじんわじょう)とともに中国から来た一番若い弟子で、慈悲の権化といわれた人。
寺伝によると770年1月4日の夜、北の方角に霊地があると夢のお告げを受けた上人は、白馬に導かれて鞍馬にたどり着きます。
その夜、山で寝ていた上人を鬼女が襲います。
上人は火にくべた錫杖(しゃくじょう : 僧や修験者が持ち歩く杖)で鬼女の胸を刺しますが、倒すことができず必死で大木の蔭に身を隠します。
するとその大木が倒れて、鬼女はその下敷きとなって息絶えます。
倒れた大木のところに毘沙門天が現れたので、鑑禎上人はそこに毘沙門天像をお祀りする草庵を結んだのです。
その後796年に、観音を信仰する藤原伊勢人(いせんど)という都の役人が、白馬に導かれて鞍馬にやって来ます。
しかし既に毘沙門天が祀られた草庵があり「自分は観音さまを祀りたいのに、なぜ?」と困惑する伊勢人に「観音も毘沙門天も人を救うのに変わりはない」とのお告げがあり、毘沙門天像と観音菩薩像を祀った立派な伽藍が造営されました。
ちなみに鞍を負った馬に導かれてきたことが、「鞍馬」という地名の由来だとか。
鞍馬を代表する行事のひとつに、毎年6月20日の竹伐り会式(たけきりえしき)があります。
僧兵姿の鞍馬法師が近江座、丹波座に分かれて、大蛇に見立てた長さ4メートルもある青竹を伐る早さを競います。
勝った地域の豊作が約束されるのですが、これも寛平年間(889~898)に、峯延(ぶえん)上人が修行中に大蛇を退治したという故事に因んでいます。
太古のエネルギーが、受け継がれてますえ
私たち日本人は山や巨木、岩石などに神を感じ、大自然を信仰の対象として生きてきた民族です。
鞍馬山は鑑禎上人の創建以前から信仰の霊場であり、多くの修行者がいたと考えられています。
新緑の季節には山のエネルギーの高まりを感じ、身の引き締まるような厳しい冬は、夏よりも気が澄んでいると尊ばれます。
昔の人々もきっとこの地を自然に包まれた癒しの場所として、インスピレーションを感じていたのでしょう。
人々の素朴な信仰の場から大寺院へと発展してきた鞍馬寺は、時代とともにさまざまな信仰が息づいてきました。
古神道、修験道、念仏、真言宗などが伝えられましたが、天永年間(1110~1113)に天台座主の忠尋(ちゅうじん)上人が入山して、その後天台宗の時代が長く続きました。
江戸前期にはたくさんのお堂や建物が立ち並び、たいそう栄えたそうです。
しかし江戸後期の全山焼失から明治の神仏分離令と、鞍馬寺にとって試練の時代が続きます。
大正8(1919)年に住職となった信樂香雲(しがらきこううん)が復興に力を尽くし再建されますが、1945年にまたしても火災に襲われます。
香雲上人はこれを契機として、1949年に天台宗から独立して鞍馬弘教(くらまこうきょう)を開宗しました。
鞍馬弘教は千手観音、毘沙門天、魔王尊を「尊天」として崇め、修行とはお経を読むだけでなく、生活の場で体得するもの、毎日をどう生きるかが大切であると教えています。
1000年余の歴史のなかで幾多の苦難を乗り越えてきた鞍馬寺が、これほど人々の信仰を集めてきたのは、山そのものが持つ不思議なエネルギーのなせる技かもしれません。
自然を畏れ、素直に敬う心を忘れてはいけないと鞍馬の山は教えてくれているようです。
取材協力 : 鞍馬寺
〒601-1111 京都市左京区鞍馬本町1074
電話番号 : (075)741-2003