Kyoto tsu

京都通

  • 2018/9/13

第338回 十輪寺『平安時代の歌人・在原業平ゆかりの洛西の古刹』

恋愛成就や子授け、安産の御利益があるんどす

京都市の郊外、田園風景が残る大原野にある天台宗のお寺「十輪寺」。
緑に囲まれた石段を上り、風雅な山門をくぐると、静かなたたずまいの中に庫裏や本堂が姿を現します。
ここ十輪寺の創建は、今から1100年ほど前の嘉祥3年(850年)。
文徳天皇の后である染殿(そめどの)皇后(藤原明子/ふじわらのあきらけいこ)に世継ぎが生まれなかったため、天台宗の開祖・最澄作の延命地蔵菩薩を安置し、世継ぎ祈願を行ったのが始まりとされています。
その後、皇子(後の清和天皇)がめでたく誕生したことから、文徳天皇はこの延命地蔵菩薩をご本尊とし、十輪寺は藤原家の祈願所として発展しました。

染殿皇后は出産の際、延命地蔵菩薩のお腹に巻かれていた腹帯を自身のお腹に巻いたことにちなんで、「腹帯地蔵尊」とも呼ばれ、今も子授けや安産を願う方から厚い信仰を集めています。
延命地蔵菩薩は秘仏ですが、毎年8月23日の一日だけご開帳され、一般に公開されています。

豊かな自然に囲まれた十輪寺は、平安時代の歌人で、六歌仙・三十六歌仙の一人である在原業平(ありわらのなりひら)にゆかりが深く、別名「なりひら寺」とも呼ばれています。
美男で恋多き人物として知られる業平は、「伊勢物語」の作者とも主人公とも目されている人物です。
恋と歌に生きた業平が50歳を過ぎてこの十輪寺に隠棲したといわれ、境内奥にある「宝篋印塔(ほうきょういんとう)」は業平のお墓と伝えられています。

さらに緩い坂道を上がっていくと、恋愛成就のご利益があるとされる塩竈(しおがま)の旧跡があります。
平安時代の貴族には塩を焼き、紫色にたなびく煙の風情を楽しむ「塩焼(しおやき)」という風習がありました。
業平は許されざる恋の相手だった藤原高子(ふじわらのたかいこ/清和天皇の后)が大原野詣での際、この場所から煙に思いをのせて塩焼を行ったといわれています。
また、この場所が「小塩(おしお)」という地名になったのもこの故事に由来しており、周辺には業平に関する伝説が数多く残っています。

さまざまな見え方が楽しめるお庭があるんやて

創建当時の伽藍は応仁の乱で焼失してしまったため、現在の本堂は江戸中期の寛延3年(1750年)に再建されたものです。
本堂の屋根は鳳輦形(ほうれんがた)といって、天皇が乗られる御輿(みこし)をかたどった、丸みのある非常に珍しい形をしており、京都府の指定文化財になっています。

この本堂を再建した、藤原北家の系譜を引く花山院家は、天皇中心の世の中が再び訪れるように願いを込め、本堂の形を鳳輦形に似せたのだそうです。
また、本堂内部の天井の彫刻には獅子や獏(ばく)などが組み込まれ、その独特の意匠には目を見張ります。
さらに、屋根のひさし部分を見上げると、ところどころにハート形にくり抜かれたような空気孔があります。
それを見つけることができれば、恋愛が成就するかも…しれませんね。

この本堂にはご本尊の延命地蔵菩薩のほか、十一面観音「草分(くさわけ)観音」が安置されています。
これは西国巡礼を復興したといわれる花山法皇が、巡礼の際に背負っていたと伝わる自作の観音像で、「禅衣(おいずる)観音」とも呼ばれ、十輪寺は「京都洛西観音霊場」の第3番札所となっています。

また、本堂の再建と同時期にお庭が作られ、それを囲むように高廊下、茶室、業平御殿(なりひらごてん)があります。
このお庭は「立って見る」「座って見る」「寝て見る」といった三つの見方で感じ方が変わることから、「三方普感(さんぽうふかん)の庭」と呼ばれています。
小じんまりとした空間ですが、工夫次第で広大に見えるこのお庭は、自身の考えに固執せず、あらゆる視点から物事を見ることの大切さを教えてくれます。

また、樹齢200年のしだれ桜、通称「なりひら桜」は、一本でありながら、お庭を覆い隠すように咲く様は迫力満点です。
満開時は低い視線から見上げると、桜の雨が降っているように見られ、「天蓋(てんがい)の桜」ともいわれています。
業平御殿の畳の間では、寝転がってご覧いただくと、また違った風情を楽しんでいただけることでしょう。
この桜の風景はJR東海の「そうだ 京都へ行こう」のポスターにも使われ、その年は多くの観光客が遠方から訪れました。
業平御殿にある32面にわたる豪華絢爛な極彩色の王朝絵巻は、神仏分離令後の廃仏毀釈によって失われましたが、今から30年ほど前、伝統日本画家の黒田正夕(しょうせき)画伯によって見事に復元されました。

塩竈清祭で、平安時代の風流を味わっておくれやす

境内の中で、現在の本堂よりも以前のものとして残っているのが、江戸時代の寛文6年(1666年)に建てられた鐘楼(しょうろう)で、こちらも京都府指定文化財に登録されています。
これは「不迷梵鐘(まよわずのかね)」といって、何か心に迷いがあるときにこの鐘を撞くと、決心がつくという不思議な鐘です。

さらに、樹齢800年の「大樟樹(おおくすのき)」は十輪寺の御神木として、地蔵菩薩の神力で一夜にして大樟樹にしたという伝説が残っていることから、「願かけ樟」とも呼ばれています。
そして、これからの秋の季節は「なりひら紅葉」が境内を彩り、穴場の紅葉スポットとして人気を集めます。
そんな木々が真っ赤に染まる絶好のシーズンに行われるのが、「塩竈清祭(しおがまきよめさい)」です。
業平が藤原高子のことを偲びながら塩焼を行った古事にちなんだ行事で、毎年11月23日に開催されます。
当日は、塩竈の前で三弦に合わせて読経をし、塩竈に火を入れ、その後、お清めが行われます。
点火役、お清め役などはこの日の参拝者の中から募るということですので、希望すればどなたでも体験することができます。

また、業平の命日である5月28日には「業平の忌日法要」が行われます。
三味線に似た十輪寺伝統の三弦による独特の法要で、本堂では三味線を弾きながらお経を唱える「声明(しょうみょう)」が行われ、一弦琴、京舞、声明舞、生け花などが奉納されます。
6月の第3日曜日に行われる「声明と三弦を聞く会」とともに、参拝者の心を癒してくれる華やかな行事です。
さらには、季節ごとに趣向を凝らした数種類の御朱印があり、四季を通じて、何度も訪れたくなるスポットになっています。

十輪寺周辺には紅葉や桜の名所として知られる善峯寺、花の寺と称される勝持寺などがあります。
有名観光寺院が点在する京都市の中心からは少し離れた場所にありますが、四季折々の豊かな自然の中、業平の残した恋物語に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

取材協力 : 十輪寺
〒610-1133 京都府京都市西京区大原野小塩町481
電話番号 : (075)331-0154
FAX番号 : (075)331-0154

Translate »